WAN (2012)

ナタリー・ルモワンヌ(マルチメディア・アーティスト/アクティビスト)

ナタリー・ルモワンヌ(マルチメディア・アーティスト/アクティビスト)

「国際養子/アイデンティティ/アート」 (文・野辺陽子)

今回紹介するのは、韓国で生まれ、養子としてベルギーで育った国際養子縁組の当事者である ナタリー・ルモワンヌ氏(以下、ミヒ氏)の作品である。ミヒ氏は、カリグラフィー、写真、絵画、映像など多様な手法を用いて、国際養子であることから生じる複合的な「葛藤」を表現してきた。今回は、作品の背景となっている韓国の国際養子縁組について概説しながら、ミヒ氏の作品を紹介したい。

ミヒ氏の自画像       ホームページのロゴ

■ 韓国の国際養子縁組

韓国の国際養子縁組という現象について知っている人はどのくらいいるだろうか。ここでいう国際養子縁組とは、養子が他の国に住む養親の家庭で育つような養子縁組のことである。朝鮮戦争によって生じた孤児を救済するために、アメリカやヨーロッパ諸国に子どもを養子として送ったのが韓国における国際養子縁組の始まりであるといわれている。その後も、貧困や離婚によって発生した要保護児童や、未婚の母が産んだ子ども、さらには親とはぐれた迷子などが養子として海を越えていった。

海を越えて行った養子たちはその後、どのように生きているのだろうか。国際養子のアイデンティティは複雑だ。国内で行われる通常の養子縁組(国内養子縁組)の場合も、養子は養親との間に血のつながりがないことによってアイデンティティの「葛藤」が生じえるが、国際養子縁組の中でも、養親と養子の人種や文化が異なる場合、養子のアイデンティティの「葛藤」はさらに複雑になるといわれている。国際養子の「葛藤」は移民の子どもを比較しても浮き彫りになる。一家で移住した移民ならば、子どもは親を通じて、「母国」の言語や文化に触れることができ、移民のコミュニティの中で生活している場合、そこで「母国」に触れることもできる。しかし、白人家庭の中にひとり送り込まれる国際養子にはそのようなリソースがないことも多い。

さらに、国際養子のアイデンティティの「葛藤」は、母国訪問後にも発生しうる。成長した国際養子たちの中には、「ルーツ探し」(뿌리찾기)をするために渡韓して、短期・長期滞在する養子もいる。滞在中に、実親を探す国際養子もいれば、韓国文化や韓国語を学び、自分のエスニックな「ルーツ」を確認したいと思う国際養子もいる。しかし、自分自身の「ルーツ」を確めるために「母国」である韓国に戻っても、幼少期から欧米で育ったことにより、韓国語を解さず、韓国文化も内面化していない国際養子は、地元の韓国人と交流したり、実親を探したりする過程で、ディスコミュニケーションを経験することがある。このような状況によって、アイデンティティの「葛藤」がさらに深まる場合もある。

■国際養子たちのアクティビズム

アイデンティティに「葛藤」を抱える国際養子の中には、セルフヘルプグループを立ち上げたり、社会運動を始めたりする者たちも存在する。例えば、受け入れ国である欧米諸国では、1980年代後半から養子たちの自助グループが各国で次々に形成され始めた。また、「母国」訪問後に、韓国社会との摩擦を経験した国際養子の中には、「母国」訪問中の国際養子を支援する目的でNPOを立ち上げた者たちもいる。

「母国」訪問中の国際養子の韓国社会に対する社会運動の中には、「母国」滞在をスムーズにする特別ビザの獲得や二重国籍などの要求に加えて、韓国社会に国際養子を認知(awareness)させるという活動も含まれていた。そのような活動の中で、アートを手段として活動する国際養子も存在する。本記事で紹介する、ミヒ氏は国際養子のアクティビズムやネットワーキングのパイオニアであるが、同時に、国際養子であることをテーマにしたアートを韓国内外で発表しているパイオニアでもある。

アクティビズムとアート

1968年生まれのミヒ氏は、3歳の時に、ベルギーの白人家庭に養子に行った。養母と葛藤があったミヒ氏は13歳で養親家庭を出て自活することになるが、そのような生活の中で、アートが自己表現の手段になったという。ミヒ氏は、1989年に初めて韓国を訪問し、1991年に2度目の訪問をする。2度目の訪問の時、韓国のメディアを通して実母と再会した。それ以後、ミヒ氏は他の国際養子たちから実親を探したいというリクエスト、さらには実親側から養子を捜したいというリクエストを受けるようになったという。国際養子たちの実親探しをサポートしながら、アーティストでもある彼女は、パフォーマンスや展覧会という方法で、韓国の国際養子縁組を問い直し続けている。ミヒ氏は個展だけではなく、国際養子のアーティストたちをオーガナイズして、グループ展も行っており、それらは「母国」である韓国だけでなく、アメリカのコリアンタウンで、さらには現在生活しているカナダやそれ以外の国でも精力的に発表されている。

■アイデンティティとアート――国家、人種、文化、ジェンダー

では、具体的にミヒ氏の作品を紹介していこう。まず、ADOPTION(1988)という作品から観て行こう。これは彼女の初めての作品である。BGMにオリエンタリズムとレイシズムの入り混じった曲を使うことで、西洋のオリエンタリズムを皮肉り、実母への手紙をしたためながら、それを破り捨てることで、養子縁組によって生じる実母への複雑な感情が表現されている。

ADOPTION(1988)

ADOPTION(1988)(映像はこちらから)

ミヒ氏が使う図柄のひとつに太極図がある。太極図は陰陽を表しているが、ミヒ氏の描く太極図では、東洋と西洋の錯綜が表現されている。さらに、太極図を卵型にすることで、東洋で生まれ西洋で育つ国際養子の存在が表現される。ミヒ氏は「ベルギーにいると韓国人であると他者から言われ、韓国にいるとベルギー人であると他者から言われる」というが、太極図はこのような「○○人」と明確に分けられない国際養子の状況をうまく表している。この図柄は、胎児の絵にも使用される(右)。左の絵は墨で書かれたカリグラフィーであるが、フランス語で「存在許可証」と書かれている。ここでも東洋と西洋の錯綜と子どもとの関係性がモチーフになっている。

太極図

太極図右

太極図中

 

 

次の作品もカリグラフィーである。この作品はジェンダーがテーマになっている。ミヒ氏が良く使う図柄には格子もあるが、格子の中に書かれた「女」という文字は、ミヒ氏が韓国滞在中に感じた女性の位置や地位を表している。

ミヒ「女」

 

格子はビデオ作品の中でも使われている。ミヒ氏はベルリンに滞在中、たまた見かけた格子から、韓国の窓の格子を思い出したという。ここでは、格子(韓国)を「私に属していないが、私が立ち戻らなければいけないもの」として表現している。

AND AGAIN

https://starkimproject.com/videos/and-again/(映像はこちらから)

ミヒ氏の作品には、より直接的に国際養子縁組を皮肉ったり、国際養子縁組を批判したりする作品もある。左の作品は国際養子たちのプロフィールが貼られているが、その上には「I wish you a beautiful life」というタイトルが貼られており、「子どもの幸せのため」という国際養子縁組の「大義名分」が皮肉られている。また、右の写真は国際養子たちが自分の番号を手に持っているところである。国際養子は海外に行く際に番号が付けられ写真が取られるが、この写真では、それぞれが自分の番号を手に持って、韓国の国会前に立つことで、「人間にナンバリングをすること」に対する抗議を表現している。同じモチーフを扱ったビデオ作品もある。これは、ミヒ氏が自分の手首に自分のIDを刺青する場面を撮ったものである。

ミヒ番号左ミヒ番号右

(左)https://starkimproject.files.wordpress.com/2011/12/lemoine-abeautifullife.jpg?w=150&h=104
(右)https://starkimproject.files.wordpress.com/2011/12/2007-adult-adoptees-parliament-web.jpg?w=150&h=121

 

2010-quest-ce-que-c3a7a-veut-dire-star_kim_dvd_original

https://starkimproject.com/videos/quest-ce-que-ca-veut-dire/(映像はこちらから)

より国際養子縁組そのものに反対する作品が次のビデオ作品である。これはキラキラ星(18世紀末のフランスで流行したシャンソン”Ah! Vous dirais-je, Maman”(-(あのね、お母さん)の替え歌の日本語版)の歌詞を変えて「あのね、お父さん」と養子縁組を批判する作品である。ここではミヒ氏の養子縁組時の姿と現在の姿が順番に映し出される。

 

Disadoption(2008)

https://starkimproject.com/videos/disadoption/(映像はこちらから)

ミヒ氏の作品はミヒ氏のホームページ(https://starkimproject.com/)を通じて観ることができるので、関心のある方はぜひチェックしてみてほしい。また、ミヒ氏に対する日本語のインタビュー記事(『前夜』(2004))もミヒ氏のホームページ上で読むことができるので、ミヒ氏の作品の興味がある方、韓国の国際養子縁組に興味のある方には一読をお勧めした

(野辺陽子)

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